2016年01月11日

川崎中1殺害事件の裁判員裁判が3月に!

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<Yahoo!ニュース>川崎中1殺害事件:少年初公判3月2日に(カナロコ 2016年1月8日)
 川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、市立中学1年の男子生徒=当時(13)=が刺殺された事件で、傷害致死の罪に問われた無職少年(18)の第7回公判前整理手続きが7日、横浜地裁で開かれた。近藤宏子裁判長は、少年の初公判を3月2日に指定した。

 第2回公判は同3日、第3回公判は同4日、第4回公判は同7日に指定。裁判員裁判で審理される。

 起訴状によると、少年は昨年2月20日午前2時ごろから同6時ごろまでの間に、ほかの少年2人と共謀して多摩川河川敷で上村君の首をカッターナイフで多数回突き刺して死亡させた、とされる。

 事件では、殺人と傷害の罪で起訴されたリーダー格の無職少年(19)の初公判が2月2日に地裁で予定されている。傷害致死罪で起訴されたもう一人の無職少年(18)の公判期日は、現時点で指定されていない。

3月2日から川崎市中1殺害事件の裁判員裁判が始まります。
だから、呼出状が来るのは1月下旬ごろ?かな?
逃げろ〜!!神奈川県民!なんちゃって。。
しかし、今回の事件はテレビのワイドショーでかなり騒がれていたし、
正義感から「やってみたい」人がいるかもね。
では、被告の少年は一体どんな状況なんでしょうか?

<Yahoo!ニュース>裁判員裁判で裁かれる川崎中1殺害「少年グループ」独居房の日常(デイリー新潮 2016年1月7日)

 凄惨な事件からまもなく1年――。神奈川県川崎市の多摩川河川敷では、あの晩と同じように寒風がススキを揺らしていた。15年2月、上村遼太君(13)=当時=は少年グループによる凶行の犠牲となり、無残にも命を落とした。犯行に及んだ3人の少年たちは独居房に閉じ込められ、裁きの時は刻々と近づいている。

 イスラム国の処刑を思い起こさせる無慈悲な所業が、“少年事件”の範疇を大きく逸脱していたことは誰の目にも明らかだった。

 実際、少年グループには年明けにも、成人と変わらない裁判が待ち受けている。

 社会部記者によれば、

「横浜家裁は事件の重大性を考慮し、逮捕された少年たちの“逆送”を決定。まもなく横浜地検がリーダー格の少年を殺人罪で、他の2名を傷害致死罪で起訴し、成人の被告人と同じく、公開の場で裁判員裁判を受けることになりました」

 つまり、刑事手続きの面では、もはや少年扱いしないということだ。それは彼らが送る“日常生活”も同じである。

「家裁から逆送の判断が出ると、少年であっても拘置所に収容される。今回の少年たちの身柄も、県内にある拘置施設に置かれています」(同)

 だが一方で、少年ゆえの配慮は残る。実は、彼らには“個室”があてがわれているのだ。少年事件に通じた弁護士が言うには、

「少年法によって、拘置所では成人と分離することが定められているため、少年は“独居房”に収容されます。犯罪に手を染めた少年は、将来を悲観して自暴自棄になることも珍しくありません。そのため、甘い言葉で近づいて来る暴力団関係者や、詐欺グループの勧誘から遠ざける必要があるのです」

■常に1人

 この“接触禁止”は別の場面でも徹底されている。

「独居房の外に出られるのは面会の他に、風呂と運動の時間だけに限られます。ただし、少年は他の未決拘禁者とは隔絶されるため、冬場は週に2回と決められた入浴や、運動も常に1人で行います」

 とは東京拘置所に勤務した経験もある、元刑務官で作家の坂本敏夫氏。

 拘置所内での暮らしについて詳しく尋ねると、

「施設によって違いはありますが、概ね朝7時に起床して、7時半に朝食をとる。昼食が11時50分で、夕食は4時半頃です。米は麦飯ですが、献立は酢豚やフライ、カレーにラーメンなど、一般的な家庭料理と変わらない。また、クリスマスにはケーキが、正月にお餅が出ることもあります」

 深夜まで川崎駅前のゲームセンターや居酒屋にたむろしていた少年たちからすれば、規則正しい生活も家庭料理の味も、“シャバ”では縁遠いものだったに違いない。加えて、

「刑が確定する前なので、1000〜2000円以内であれば、職員に申請して売店でお菓子や日用品も購入できる。『ジャンプ』や『マガジン』といった漫画雑誌を差し入れてもらうことも可能です。ただ、家族の手作りの弁当やお菓子は、成分を点検できないので差し入れられません」(同) 

 家族や友人から隔絶された独居房で、彼らは上村君の人生を奪ったあの晩に思いを馳せるのだろうか。
…常に1人というこの状況をみなさんはどう考えますか?
贅沢だなあって思うか、寂しいだろうな、と考えるか…。。
それとも関係ないと考えるか。

※追記(2016年2月1日)
初公判が3月2日とありますが…
初公判2月2日!明日やん!



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2015年12月24日

81歳被告の裁判員裁判、受け答えできず中止に

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【Yahoo!ニュース】<介護殺人裁判>被告母親に「訴訟能力に疑い」審理打ち切り(毎日新聞 2015年12月16日)
 知的障害がある長男(当時54歳)を介護疲れから殺害したとして殺人罪に問われた母親(81)=大阪市旭区=の裁判員裁判で、大阪地裁の芦高源裁判長は16日、「訴訟能力があるのか疑いがある」と述べ、今後の期日を職権ですべて取り消した。母親は15日の初公判に続き、裁判長の呼び掛けに全く応じることができなかった。

 裁判員裁判で公判が始まって以降、審理が打ち切られ、期日が取り消されるのは異例。今後、精神鑑定が実施され、訴訟能力の有無を判断する。刑事訴訟法では被告が心神喪失の状態にある場合、公判を停止しなければならないと定めている。

 母親は16日の公判に勾留先から車椅子で出廷。芦高裁判長が「私の声が聞こえますか」「体調はどうですか」などと呼び掛けたが、母親は視点が定まらない様子で、応じることができなかった。初公判でも呼び掛けに反応せず、息が上がったような状態で名乗ることもできなかった。

 起訴状によると、母親は今年3月15日朝、介護に疲れて将来を悲観し、寝ていた長男の首をタオルで絞めて殺害したとされる。公判前整理手続きの結果、起訴内容に争いはなく、事件当時は心神耗弱の状態だったことを前提に量刑が争われる見込みだった。

 母親の弁護人は「数日前まで意思疎通はできていた。認知症と診断されていたので、その影響があるのではないか」と話した。

 ◇渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話

 被告が訴訟に耐えられる状態なのかを弁護人がきちんと確認していたのか、公判が始まる前に裁判所と連絡調整ができていたのか、疑問が残る。審理が打ち切られることは、被告にとっても主張の場が失われ、不利益となる。民間人が参加する裁判員裁判の進行で、このような不手際がないよう教訓としなければならない。

精神鑑定か。。
これで裁判員の仕事は終わり。
それで半日分の日当をもらう。
いや、2回目だから1日と半日分?かな?
これでもう5年間来なくてもよい。ラッキーかな?

精神鑑定の後、また裁判を再開するのであれば、
今度は新しく裁判員が選任されるはずだと思うけど…。また以前のメンバーが呼出食らうのかなあ。
そんときは辞退で。

もしかして、裁判員裁判ではなくなり、職業裁判官のみの裁判になり刑法39条で無罪になるかもね。

それにしても、どこそこの大学教授がばあちゃんの心神喪失を「不手際」だって。
ばあちゃんは大変だったかもしれないのに。このどあほ! karasuf-ani01.gif アホーアホー





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2015年12月23日

裁判員裁判の判決による初の死刑執行!

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<Yahoo!ニュース>裁判員裁判で死刑初執行 元裁判員、苦悩極限に(カナロコby神奈川新聞 2015年12月19日)
 市民から選ばれた裁判員が判決を下したT.S死刑囚(63)の死刑が初めて執行された18日、加害者の罪や遺族の悲痛な思いに接してきた人たちの胸に、さまざまな思いが去来した。この公判で裁判員を務めた当事者は、気持ちの整理をつけられないままでいる。弁護士は「時期尚早」と、死刑制度の是非に対する国民的議論の必要性を訴えた。

 「自分自身、整理がつかない」

 判決から4年6カ月。T死刑囚の公判で裁判員を務めた20代男性は刑が執行された18日、こう答えた。

 2011年6月17日。殺人罪に問われたT被告に、横浜地裁は求刑通り死刑を言い渡した。判決後に行われた裁判員経験者の記者会見。当時、大学4年生だった男性は言った。

 「考え抜いた末の納得の結論」。緊張した面持ちを浮かべる一方、思い残すことなく自分の意見を言えたと語り、最後に述べた。

 「判決を真摯(しんし)に受け止めてほしい。控訴はしないでほしい」

 だが、判決から11カ月後、神奈川新聞社の取材に対し、男性は揺れ動く心境を語った。

 「かなうことなら控訴してほしい」

 判決後、T死刑囚は弁護団による控訴を自ら取り下げ、刑はすでに確定していた。

 「今になって、Tさんの顔が浮かぶんです。裁判中、あまり表情を変えなかった。あの顔を思い出すんです」

 男性は自問の言葉を繰り返した。

 「本当にあの判決で良かったのだろうか」「いま、あの人は何を思っているのか」「僕らの決断で1人の命が奪われる。裁判の素人が1人の人生を決めてしまっていいのだろうか」

 長い沈黙をはさみ、続けた。

 「死刑囚3人の死刑が執行されたというニュースをテレビで見ました。Tさんの名前がないか探していました。名前がないと分かったとき、ほっとする自分がいました。再び死刑が執行され、執行者の中にTさんの名前を見つけたとき、僕自身、どんな気持ちになるのか。想像することはできません」

 刑が執行された18日、男性は取材に応じなかった。

◆「一つの区切りに」遺族
 「死刑が執行されても許せるものではない。驚いたが、亡くなった家族が戻ってくるわけでもない」。事件で殺害された大家のS.Sさん=当時(73)=の妻(73)は、T.S死刑囚の死刑執行を受け、遺族としての心境を明かした。川崎市の自宅前で取材に応じた。

 市民から選ばれた裁判員が判決を言い渡したことについては、「つらい判断だったと思う。あってはならない教訓の一つだと思ってほしい」と静かに語った。現場アパートの建て替えを尋ねられることもあるが、被害者3人がまだいる気がして踏み切れないという。「遺族にとっては何も変わらない。ただ、先へ進んでいくために今回の死刑執行で一つの区切りをつけないといけない」と自らに言い聞かせるように語った。

 被害者家族の代理人を務めた野呂芳子弁護士は「遺族にとって一つの区切りとなることを願う一方、被告(死刑囚)もまた一つの新たな命として生まれた日があったことを思うと、被害者やご遺族のためにはもちろん、加害者自身のためにもこのような犯罪は二度とあってはならないという思いを強くしている」とコメントした。

◆「執行は尚早」T死刑囚弁護団
 T.S死刑囚の死刑執行を受け、横浜地裁の公判でT死刑囚の弁護人を務めた弁護団は「裁判員裁判制度における死刑に関する議論が深まらない中での執行は時期尚早だった」とコメントした。

 弁護団は公判で、T死刑囚が怒りっぽい性格を自覚してトラブルを避けようとしてきたことや、幼少期に父親から虐待を受けるなど不遇な生育歴があったと主張。情状酌量を求め、無期懲役が相当と訴えていた。

 しかし、判決では「死刑を回避するほどの有利な事情にはならない」と退けられた。死刑言い渡し直後の接見でT死刑囚は「覚悟はしていました」と話したという。弁護団は控訴したが、その後T死刑囚が自ら取り下げた。弁護団の一人によると、死刑確定後は手紙などの連絡はなかったという。

◆「極めて浅慮 存廃議論を」
 裁判員裁判の判決に基づく初めての死刑が執行されたことを受け、横浜弁護士会は18日、「あらためて死刑の存廃を含む制度に関する国民的議論が必要」とする竹森裕子会長の談話を発表した。

 談話では、今回の死刑執行について、国民がより直接的に人の生命を奪う判断に関わったものと指摘。国家が国民の生命を奪うという根本的な問題や誤判の可能性といった重大な論点がある中、「国民的議論が進んでいないのに軽々に新たなステージに足を踏み入れたという点で、極めて浅慮で非理性的な判断と言わざるを得ない」と批判した。

 裁判員裁判制度について、事前に証拠が絞り込まれたり、重大事件であるほど過密な審理日程が組まれたりするなど十分な審理が尽くされるか疑問もあるとし、「誤判による死刑の可能性も高まっている」とも主張。国民的議論の前提となる、死刑に関する情報の開示と死刑執行の停止を求めた。


【Yahoo!ニュース】<死刑執行>「考えた末の判決」「重い決断」裁判員胸中(毎日新聞 2015年12月18日)
 裁判員制度が2009年に始まって以来、市民が審理に加わった判断に基づく死刑が初めて執行された。18日に刑が執行されたT.S死刑囚の裁判にかかわった裁判員は判決後の記者会見で、「考えた末の判決」「重たい決断だった」と胸中を語っていた。識者からは、制度を見つめ直すきっかけになるとの指摘がある一方、今後審理に参加する裁判員には「審理に萎縮する必要はない」と呼びかける。

 T死刑囚に横浜地裁の裁判員裁判が判決を言い渡したのは11年6月。死刑判決後、裁判員経験者は記者会見でそれぞれの思いを語っていた。

 20代の男性は「反省しているように思えたが、いろいろ考えた末の判決。自分たちが選んだ判決でこの人は亡くなってしまうんだとつらい気持ちだった。(判決を)心の片隅に置いて生きていきたい」と振り返っていた。

 心の負担については「人の命を決めるので、一般市民には重たい決断だった」とした。別の男性会社員も「精神的に大変だった。こういう判断をしていいのかという気持ちもあった」と話した。

 50代だった男性会社員は「死刑か無期懲役かの選択で事件を調べたり、考えたりし、死刑が妥当だと考えた」と振り返った。

 確定判決によるとT死刑囚は09年5月、川崎市幸区のアパートで、ドアの開け閉めの音に恨みを募らせ、同じアパートに住む夫婦と大家の男性の計3人を殺害した。裁判員裁判の初公判で起訴内容を認め、被告人質問で「命で償うしかない。死刑囚と思って生活している。申し訳ございません」と謝罪し、死刑を求刑された後の最終意見陳述でも「極刑は覚悟しています」と述べていた。公判は11年6月に計8日間の日程で行われ、裁判員裁判で全国6例目の死刑判決となった。

 東京地裁で3年半前に保険金殺人事件の裁判員を務め、被告に懲役20年の判決を下した東京都中野区の会社役員、T.Yさん(69)は、裁判員経験者らの交流会などに出席し、社会に経験を伝えている。T.Yさんは「私の場合は評議で徹底的に話し合い、判決に自信があった。ただ、判決後も『これで正しかったのか』と悩んでいる裁判員はたくさんいる。死刑判決に関わった人の心の負担はなおさら大きい」と話した。

 船山泰範日大法学部教授(刑法)は「初の死刑執行で今後、裁判員はより死刑に現実感を持って裁判に臨むことになるだろう。だが、裁判員が必要以上に萎縮したり、裁判員制度を廃止する議論にしたりすべきではない。裁判に関わる市民が死刑を自分たちの問題と考えることで、死刑存廃が国民的な議論になっていくはずだ」と話した。

 一方、園田寿・甲南大法科大学院教授(刑法)は「プロの裁判官でさえ心が揺れ動くことがある。一般の市民ならなおさらだろう。死刑に関わる以上、執行されれば強い衝撃を受けるのではないか。裁判員裁判の対象事件は公務員の犯罪に限定するなどの見直しが必要ではないか」と提言した。

ところで、どういう事件だったっけ?
そんな人のために復習
【死刑確定】川崎アパート3人殺害事件【津田寿美年】(NEVERまとめ)

新聞記事って大学の教授だの弁護士だの何かコメントうるさいな。
テレビのニュースのコメントで元裁判員の方がインタビューに答えていたのが

「裁判員は一度でいいです」

というものだった。
そう、できれば裁判員なんてやらなくてイイ!できれば辞退したい。




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posted by akibacchi2980 at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 裁判員やりたくない。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする