2012年11月26日

どうなの?検察審査会って?

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社説[強制起訴制度]課題を洗い出すときだ(沖縄タイムス 2012年11月21日)
 政治資金規正法違反の罪に問われ、強制起訴された「国民の生活が第一」の小沢一郎代表(70)の無罪が確定した。検察官役の指定弁護士が「上告の理由が見いだせない」と判断した。

 検察審査会による議決で強制起訴された裁判は6件あり、うち3件に無罪が言い渡されている。無罪確定は初めてだ。3年以上に及ぶ法廷闘争の結末は「無罪」となったが、この間、被告の地位にあり続けたため、小沢氏の影響力はみるみる低下した。

 強制起訴制度は、くじで選ばれた一般国民11人からなる検察審査会が2度にわたって起訴相当と議決すると、指定弁護士によって強制的に起訴される。検察審査会法が改正され、2009年5月から法的拘束力をもつようになった。裁判員裁判と同様に、司法制度に民意を反映させる狙いからだ。

 しかし、これまでの6件の裁判を通して、制度の問題点も浮かび上がって来た。審査過程が情報公開されず不透明である上に、被告本人や弁護人の弁明機会も限定的だ。指定弁護士のスタッフ体制の不備で補充捜査に制約がある−とも指摘されている。

 小沢氏の裁判では、秘書の供述内容が虚偽記載された調書が証拠として審査会に提出されていたことが判明した。審査会が非公開であるため、どう影響したか分からない。秘書がたまたま取り調べの様子を録音していたため、証拠として採用されなかった。

 こうした事態を防ぐための制度の検証が必要だ。

   ■     ■

 小沢氏の資金管理団体「陸山会」が04年に東京都内に取得した土地購入をめぐり、収支報告書に虚偽記載があったとして10年1月、元秘書3人が逮捕された。小沢氏に関しては、「嫌疑不十分」で不起訴処分になった。その後、検察審査会が昨年1月強制起訴したが、一、二審ともに「共謀はない」と無罪になっていた。

 小沢氏の無罪確定は強制起訴制度のあり方に一石を投じることになるだろうが、立場によって意見は分かれる。

 乗客106人が死亡した尼崎JR脱線事故で地検は元社長3人を、嫌疑不十分で不起訴にしたが、検察審査会が、強制起訴。遺族は「検審制度のおかげ」と制度を評価する。一方、未公開株詐欺事件で強制起訴され一審で無罪判決が出た県内の会社社長は「(強制起訴によって)社会的に抹殺され生活が破綻した」と廃止を求める。両裁判とも判決は確定していない。

   ■     ■

 検察や警察の失態は多い。東電OL殺害事件や厚労省の文書偽造事件では、有罪判決を受けた被告が上級審で無罪となった。最近でもパソコン遠隔操作事件で、全く関係ない複数の市民が逮捕、起訴された。

 強制起訴制度の導入は、検察に対する国民の「懸念」も背景にある。市民感覚に基づいてチェック機関としての役割を果たすことが期待されている。ただ、法治国家である以上、裁判はあくまで法と証拠によって結論を出さなければならない。第三者機関を設置し、課題を洗い出してほしい。
………

検察審査会の在り方 時代に合う市民司法を(中国新聞 2012年11月14日)
 検察審査会の在り方を問い直す裁判でもあった。

 政治資金規正法違反罪で強制起訴された元民主党代表の小沢一郎氏が、一審に続き無罪を言い渡された。

 東京地検特捜部が嫌疑不十分で不起訴処分にした与党の実力者が法廷に立った。そのこと自体が、検察審査会という民意の反映にほかならない。

 この裁判を通じて、あらためて見えてきた課題の一つが、有罪を立証することの難しさだ。審査会の対象は、検察が証拠不足などを理由に不起訴処分にした事件だけに、むしろ当然の結果ともいえよう。

 そのため、検察官役を務める指定弁護士が新たな証拠探しに苦労した。補充捜査を充実させるための態勢づくりも課題に上がっている。

 もう一つは、強制起訴前に疑いが持たれている人に弁明の機会がないことだ。検察官に意見陳述の機会を与えることは義務づけられているが、審査の対象者には何の規定もない。

 さらに、検察によって民意を悪用されかねないという危うさも明らかになった。

 あろうことか、検察官作成の虚偽の捜査報告書が証拠に含まれていた。検察審査会がこれを信用し、小沢氏の強制起訴につながったとされる。

 検察は担当検事を不起訴処分とし、真相究明には至っていない。捜査機関の取り調べの可視化こそ、審査会のまっとうな審議の前提条件となろう。

 検察審査会はそもそも、戦後まもない1948年に制度化された。検察が独占する起訴の権限に、国民の視点を加えるためだった。検察が提出した証拠をもとに捜査のプロセスをたどり、その決定が正しかったかどうかを見極める―。それが、検察審査会の本来の狙いである。

 全国の地裁や支部がある149カ所に165の審査会が設置されている。それぞれ有権者から選ばれた11人で審議する。

 全国では年間2千件ほどの新たな審査を受け付けるという。あくまでも検察が起訴を見送った場合に妥当性をチェックする補完的な場であり、その役割に限界があることを忘れてはならない。

 そこに2009年、強制起訴の仕組みが導入された。大幅な権限強化といえるが、それに見合う議論を尽くしてのスタートとは思えない。

 民意を代弁するとしながら、審議の過程は全て非公開とされている。

 かねてより「審査がブラックボックス化している」という指摘は根強くあった。開かれた司法の必要性が叫ばれる今になっても情報公開は進んでいない。

 今後は審査会自体の可視化も検討に値するのではないか。強制起訴かどうかにかかわらず、審議の過程を可能な部分からオープンにしていく。外部から検証できる手だてを整えることは、検察の暴走を食い止める一助にもなろう。

 強制起訴は裁判員裁判制度と同時に導入された。だが何のための制度で、選ばれた場合にどんな仕事をするのか、国民への浸透はいまだ不十分だ。

 審査員となれば、人を法廷に引っ張り出す権限を行使するかもしれない。個々の自覚を促すためにも、国は啓発に力を注ぐべきである。
………
今一度、検察審査会制度に注目する必要がありそうです。
裁判所から封筒が来てもあわてないように。



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posted by akibacchi2980 at 12:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 検察審査会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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